心の学校に寄せられた、受講生の方の体験談をご紹介します。
今回は、幼少期の家庭環境やリストラ後の借金、自身の感情の爆発に長年苦しまれていた48歳のK・Iさんの体験談をご紹介します。
幼い頃から夫婦喧嘩が絶えない家庭で育ち、大人になってからも怒りのコントロールができずご家族との関係に思い悩んでいらっしゃいました。
受講を通してご自身の内面と深く向き合う中で、厳しかったお父様や優しかったお母様の本当の愛に気づき、世代を超えて受け継がれてきた温かな絆を体感されていきます。
苦しみや怒りの原因を手放し、感謝と喜びに満ちた穏やかな心を取り戻していく感動のプロセスをぜひお読みください。
K・Iさん(48歳) 男性 会社経営
私は48才になりますが、物心付いた頃には既に父・母(両親とも故人)の夫婦仲が悪く(恐らく母のお腹の中にいる時から夫婦仲は悪かったと思います。)夫婦げんかをしない日はなかったのではないかというくらいの日々でした。
父は軍隊上がりで、自分の正しさを押し通す為に常に家の中で怒鳴り散らしており、自分の思うように行かないと母は勿論、子供たち誰彼かまわず怒鳴りまくっていました。
母は、私を生んでから体調を悪くし胃潰瘍の手術で入退院を繰り返す病弱な状態でしたが、とても優しく何でも許してくれる人でした。
私は、頼りなさも感じていましたが、父の性格からしてこの優しさがなければ恐らく家庭は完全に崩壊していたのではと思われるほどでした。
この夫婦仲の悪さはその後も続きほぼ一生続いておりました。このような家庭でしたので、私は夫婦げんかの怒鳴り声を聞きながら布団の中で、何度、涙で枕を濡らしたか数知れません。
小学生の低学年でしたが、なぜこんなに辛い思いをしなければならないのか? 何の為に自分は生まれて来たのか? という思いで何度自殺を考えた事か分かりませんでした。
その後、私は成人しサラリーマンとして働き、若くして家庭を持ちましたが、小さい頃からの思いは、只「夫婦仲のよい家庭」を作りたいというものでした。
仕事面では独立したいという願望があり、いくつかの副業などもしましたが、独立には至りませんでした。
ところがその願望は46にしてリストラという最悪の事態に直面し選択を余儀なくされました。
当然この2年間思うように行かず、借入金は増え、資産は減らすという状態で、朝起きると不安で頭の中がいっぱいで、日常の精神状態もちょっとした事で怒りの感情が爆発し、自分の内側にある何か訳の分からぬ原因で気分がひどく落ち込み、妻に八つ当たりする状態になっておりました。
小さい頃からの「夫婦仲のよい家庭」を作りたいという思いとは裏腹に、暴れまくる自分の内側の心をどうにもコントロールする事が出来ない状態が続き、妻の私に対する態度、言動も当然辛く当たるものに変化し、その状態は時間の経過と共に強いものに変わって行きました。
そんな折り(昨年1月)、1年ほど前に購入しておりました「遺伝子とサムシンググレートは教える」という本が目にとまり、後半部分の満月メソッド開発者の佐藤先生の著作を読ませて頂き、早速心の学校ホームページから「本当の自分の目覚」のCDを取り寄せさせて頂きました。
CD到着後何十回と聞かせて頂き、本も数冊読ませて頂き、営業プログラムも購入しました。
何を読んでもたった2日で「本当の自分に会わせる」と言い切っているし、体験談の内容と数から間違いはないと確信し受講を決めました。
また他の営業研修を2年ほど掛けて受講した経緯もあり、シリーズになっている講習は時間を空けずに受講した方が効果が高いという思いから、一気に満月瞑想まで申し込みました。
昨年12月のキャンセル待ちは叶いませんでしたが、逆にそれが幸いしCDを聞く時間と本を読む時間が取れました。
つまりタンクローリーで海の水を貰いにゆく事が出来た上に、時間を空けずに3週連続で天使の光コースまで受講できました事で、溜まりに溜まってギューギューに圧縮されカチカチになっていた業を吐き出すには、これほど効果を得られる方法は他には無かったのではないかと幸運に感謝しております。
待ちに待った宇宙無限力体得コースでは、1日目から続々と本当の自分を開かれる方が現れているのに、自分は押し詰まってしまったような感じがあり、本当の自分を開けないまま就寝の時間を迎えてしまいました。
スタッフの方からは、寝ている間も掘り続けているから大丈夫ですよというお話は頂いておりましたが、布団の中に入るとき、あーあまた此処でも成果を得られずに帰ることになるのかとがっかりしながら眠りに就きました。
翌朝、早速作業に掛かると、母の愛情を一身に受けて育てられた事に気付き涙が溢れ一回目のOKを貰いました。
その後作業を継続すると、自分の周辺に薄白い霞の様なものが私の全身を包み込み、会場全体どこ彼処にも薄白い霞で覆われ、父や母や妻や娘や息子が笑顔で私を見守ってくれているのを実感しました。
これこそ生命の神秘だ、 これが生命の神秘なんだと実感しました 順番を待っている間中涙が止まらなくなり、その間中薄白い霞の生命の神秘は私を見守り続けてくれておりました。
本当に自分の中に生命の神秘が存在していることを間違いなく体感致しました。
宇宙無限力体得コースの講座から帰宅した翌日、強烈な体験をしたことで頭がというより身体全体がボーッとしたような、宙に浮いた様な状態でした。
用事を済ませる為車で出かけましたが、駐車をするためバックをする際、鉄柵に全く気づかずバンパーを大きくへこませてしまいました。
このとき、これは生命の神秘からのメッセージだと思い、満月メソッドダイアリーにぶつけた事実を「現象面の変化」に記入しボーッとした頭で考えましたが、これは、以前妻が車をぶつけた時に酷く妻を叱りつけていた自分に対し、「お前は妻に対しそんなに怒ってはいけない」というメッセージとして受け取りました。
未来内観コースは日程の関係から大阪での受講となりました。
宇宙無限力で本当の自分を開くことが出来ましたので、死から生を見るのであれば、簡単に本当の自分を開けるだろうと思っておりましたが、自分が死に行くというリアリティーが出ず1日目は本当の自分を開くことができませんでした。
ただ、作業をしている間中出てきた言葉は、父からの「お前を立派に育てたかっただけなんだ」という言葉だけが連続して書き出されていました。
翌朝、作業開始直後、息子に対し出てきた言葉は「お前を立派に育てたかっただけなんだ」というものでした。このときハタと気付き父の愛は私を介して、私の息子にも繋がっており、全てが一直線に繋がっているのを実感しました。
全ては一つなんだという実感を得、宇宙空間に父と私の息子が私を介して一直線に繋がれているはっきりとした映像が見え、涙が溢れました。
その後私の父と母、厳しい父は徹底して厳しく私を育て、その厳しさを受け取りきれない私を、母が優しく私を包み込み二人で一組になって私を育ててくれた真の親の愛、大きな愛情で私を育ててくれたことに気付き、自分勝手だった私の生き方を大きな愛で包み込み一心に育ててくれた愛に感謝し私の身勝手さを謝罪しました。
未来内観が終了し当日、大阪から東京の自宅に戻り、翌日父と母の墓参りに行きました。
仕事の関係から、会社の電話を携帯電話に転送しており、墓参の最中に外から営業の電話がはいりました。
通常であれば、用件だけ聞いて断って電話を切りますが、一通り相手の話を聞き私の所では入り用がないので、丁寧にお断りし、最後にありがとうございますと言えている自分を発見しました。さすがに相手も驚いた様子でした。
この一週間は本当の自分を開く為の実践・ダイアリーを付けることとテープを聞く事で、ほんの僅かですが、変化を感じられるようになりました。
いよいよ天使の光に突入です。3週目になると慣れが出てきてしまい、講座中に眠気が襲うようになり眠気との戦いの部分もありました。
ゴミ出しの作業では、思いも掛けていなかった家の格式とか伝統とかに自分が縛られていることに驚き、きっとまだ出し切れていないゴミもあるだろうなとの思いがありました。
生命の神秘のメッセージでは、私が7才の時、15才で交通事故に遭い亡くなった兄が、光とか輝くという言葉を出してきて、自分の内側に途轍もなく明るく温かい巨大な光が漲るような感じになり、何か訳の分からない巨大な力が内側から湧きだして来るのを感じることができました。
その力は、私の内側にある木造の古い建物をバリバリと壊し巨大なエネルギー体の姿を現した。
それは次第に喜びに溢れる状態に変化し、その喜びを身体全体で表すとその喜びは更に更に大きなものとなり、会場全体を喜びの渦にまきこんで、受講者全員が喜びの踊りを踊り出しました。
まさにこれが天使、羽の生えた喜びいっぱい天使だと、一点の曇りもない状態の心は軽やかで、これ以上幸せな状態は存在しないという気持ちでした。
天使の光が終了すると満月瞑想まで2ヶ月ほど時間が空いてしまう、この喜びいっぱい歓喜の状態・本当の自分の状態を維持する事が大きな課題として私の中でクローズアップしてきました。
スタッフの方よりダイアリーを付けること、テープを聴くこと、満月教室で体験発表をする事などのアドバイスを頂戴しそれを忠実に実行に移す事を心に決めました。
またHさんから頂いた、満月大学に来たつもりで4年間は必ず継続して下さいというアドバイスも忠実に実行に移して行きます。
天使の光が終了して翌日の朝の散歩の際「本当の自分からのメッセージ」VOL・2を聴いていると九州の方で社長の兄を恨み続け、末期ガンになってしまった弟の専務さんの話が出てきました。
佐藤先生が個人的に会われ、その方に対し「ガンを絶対に直す事を誓うこと」「一人一人の名前を挙げ全てに感謝すること」「満月瞑想を毎日すること」などを伝授されておりました。
弟の専務さんは命が掛かっていますので徹底的に3ヶ月継続したら、脳から脊髄に掛けて8つ有ったガンが綺麗になくなったという話です。
その後、弟さんは悟りを開き、素晴らしくなり大手のラーメン屋さんの経営も任されるほどに変わっていった。この話を聞いたとき、心の働きの強烈さに驚愕しました。
同日、仕事に向かう電車の中で朝聴いたテープをBGMにして佐藤先生の「最強運」を読んでいました。
60~70ページの『どんな難病にも奇跡は起こせる』の中に(細胞は過去の記憶で出来ている)→(細胞を細分化していくと原子核や電子でできている)→(原子核や電子はクォークでできている)→そうやってずっと突き詰めていくとそれは振動になっているのです。『その振動が、宇宙リズムの振動なのか、それとも自我の振動なのかが問題なのです』というくだりに差し掛かったとき、私の身体に強烈なショックが走りました。
私は以前ある瞑想法を実践しており、感情が沈静化する体感も得ておりました。その瞑想法はマントラという、言葉というか呪文というか、ある「音」をもらいます。
この音はその人のタイプに合った振動です。この前の瞑想で実感していた「振動」は心に大きく作用を及ぼすという実体験がありましたので、佐藤先生の言われる自我の振動という言葉が、ビシッと私の脳みそに電気を走らせました。
私は父を恨み、憎み、父が私を駄目な人間にしたと憎み切っていました。父だけでなく母に対しても恨み辛みがありました。
自分では忘れているつもりでいましたが、私の細胞は全て記憶していたのです。その押し込められ押しつぶされていた細胞たちは凶悪な自我の振動を発信していたのです。
そのほか数え上げたらきりが無いほどの恨み辛み、憎しみ、妬み、嫉みという感情を持つことによって、どれだけ自我の振動を発信していたのか、どれだけ自分の周りにいる人たちに悪い振動を与えて続けてきたのか、その期間も質も計り知れるものではない。
私はマイナスの感情だけでなく、怒鳴り声による凶悪な自我の振動を妻に浴びせかけていたことに気が付いたとき、通勤時間帯の電車の中でしたが、涙が堰を切って溢れだし、涙を止めることが出来ませんでした。
これが電車の中でなく、講座中の先生の前でしたら大声で「ごめんなさい」「ごめんなさい」と言えたのですが、電車の中ですので声を出して泣く訳にも行きません。
この状態は20分程続きました。幸いにも着席していましたので、「最強運」の本で顔を隠し、涙をハンカチで拭こうとポケットに手を入れると、ハンカチを忘れていました。
困り果てて他に拭くものがないか捜しましたが、それらしきものはマフラーしかありません。マフラーでは涙が水の粒になってしまい拭くことは出来ません。仕方なしに手の甲で拭いて乾くのを待ちました。
自分が凶悪な自我の振動を振り撒いてきた業の深さ、期間の長さに思いを至らせると恐怖におののきました。
自分は人々になんという事をしてきてしまったのだろう。これを打ち消す方法は何なのだろうと考えた時、朝聴いたテープの、人の名前を挙げて感謝する事だという事が思い起こされました。
これは感謝するしか自分を救う方法は何もない、宇宙リズムの振動を起こしていかなければ、自分は絶対に救われないと実感しました。探して九州の弟さんと同じように名前を挙げて感謝をしようと心に固く誓いました。
この強烈な気付きは私に、本当の自分に対する確信を揺るぎないものにしました。また満月の心で日常を生きるという事は、全てに感謝する事だと言うことに気付き、実践する事でしかないと悟りました。
この強烈な体験以後、佐藤先生のテープを聴いているだけで涙が溢れてくる事が度々です。本を読んでいても同じような状態になります。
また、朝晩「成功と幸福を呼ぶ言葉」を読誦し、父・母、妻、娘、息子、義母、義父、兄、姉の名前を呼び、ありがとうと感謝し、そして佐藤先生、スタッフの皆様の名前をお呼びし、ありがとうございますとお礼を言わせて頂いております。
それは全くOKをもらった状態と同じです。
私は探し求めていたものに、とうとう出会うことができました。本当にありがとうございました。本当にありがとうございました。
ようやく出会えた本当の自分を開き続け、日常で本当の自分の喜びを生かし、満月の灯台として自分自身が輝き続けると言うことを意識的に行動で表し、言葉で表現し、心を深く掘ってゆきます。
そして4月3日に受講する満月瞑想でより大きな本当の自分を開ける瞑想を獲得するため日々喜びいっぱいの満月行動・言動・心に魂に磨きをかけて参ります。
より克明に本当の自分の喜びをお伝え致したい思いから長文になり、読みづらい点も多々あったかと存じますが、ご容赦頂きたく存じます。
末筆になりましたが、佐藤先生を初めとしまして、心の学校の皆様のますますのご発展をお祈り申し上げて、ペンを置かせて頂きます。感謝
今後も大変お世話になると思いますが、どうかよろしくお願い申し上げます。
