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満月メソッドの対話で土俵際で真我を体感できた! | 心の学校(R) もう限界だった私が変われた話

満月メソッドの対話で土俵際で真我を体感できた!

人間関係
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心の学校に寄せられた、受講生の方の体験談をご紹介します。

今回は、29歳のS・Kさんの体験談をご紹介します。表面上のプラス思考や頭の中だけの観念にとらわれ、自分の奥底にある不満や憎しみを見ないようにして苦しんでいたS・Kさんでした。

しかし、佐藤先生との一対一の受講で自らの内面と徹底的に向き合い、長年閉じ込めていた感情を吐き出していきます。やがて母親の深い愛に気づき、本当の自分を掘り当てて涙があふれ出していった感動の再生の物語をぜひお読みください。


S・Kさん(29) 女性

4月20日~30日。この日、満月メソッド開発者の佐藤先生の「満月メソッドスペシャルコース」が開催されていました。

5名限定。一泊二日で、その5名に佐藤先生が付きっ切りで本当の自分を強烈に引き出してくれる、まさに「スペシャルコース」です。

参加者は、いわゆる深い『何か』を抱えていたり、 様々な事情でなかなか難しいタイプが特別選抜され、 そのメンバーに、実は私も直前にそのメンバーに入ることになったのです。

受講させていただきまして、本当にありがとうございました。私は満月メソッドで、いわゆる「満月を開きにくいタイプ」でした。感じにくいタイプとも言えると思います。

なかなか、「いったー!」といった実感が今ひとつない、というのが正直ありました。しかし、それは私自身の課題として、この満月メソッドというものが、究極のものであるという直感がありましたので、ずっと求めてきました。私は、愛とか調和とか、そういうことを求めていました。

それゆえに、ややこしいこと、どろどろしたことは見ないようにしていました。「ない」ものとしていました。

「そんなの相手にしないで、明るく、 こしないで、明るく、楽しく、ニコニコ笑顔で生きたらいいじゃないか。」「ゴミをぶつけるよりはよっぽどいいはずだ。」そうやって、ハンドルはしっかり握らないといけない、と思い、明るく前向きに、を心がけて日々生きておりました。

満月メソッドは、「頭」、「業」、「満月」の三層を上から掘っていく作業に例えられますが、上記のような私の考えから、『掘ってすらいなかった』」ことがこのスペシャルコースで明らかになりました。

頭のところの段階で、上っ面をなめているだけだったのです。「愛」も「生命の神秘」も「光」も、私は、すべて実感の伴わない「観念」上のものでした。満月メソッドですらも私なりに捉えた「観念」になっていました。 この観念が曲者でした。表面上は素晴らしいのですから。

言葉では同じ「愛」や「生命の神秘」や「光」です。区別がつかなくなってしまっているのです。日々の生活でも表面を整えるようあくせくしていただけでした。深いところには手をつけず、とりあえずプラス思考を、プラス思考を、ということなのでした。観念は金メッキみたいなものです。

だから私は講座でも頭のところでツルツル上滑りしていただけだったのです。業の部分にも行っていないで終わっていたのです。だから何も起こらない、何も変わらないのです。

「ゴミだし」ってしますよね。これは業の部分です。これに手をつけていってはじめて次の「満月」に達するのです。

頭は満月に接していません。その間に業があります。だから頭ばかりの私はなかなか開きにくかったんです。業いっぱいの人、現実にぶつかっている人のほうが開きやすい、ということが身をもって分かりました。

結局この「観念」を粉砕しないといけないという結論になりました。私のような「観念」タイプは、やさしくやっても進まない、厳しくしないといけないということになりました。

やさしく「愛ですよ、生命の神秘ですよ、、、」ってやっていったら、私の「観念の愛や生命の神秘」に同調してしまってそのまま終わってしまうからです。まず、今の状態が「まずい」ものだと、私自身が認識しなくてはいけません。

そのために今の自分を徹底的に否定していきました。「ニセモノとホンモノの違いがわからない人間」「人の愛がわからない人間」「うわべがきれいなのが好きなだけ」「深く入れないし、深い愛がわからない」 「耳がない、心がない、感情がない」

佐藤先生とのやり取りを通して、こんな自分が浮き彫りになってきます。本当にこれは何とかしなくてはいけないと思えるようになってきました。

また、分厚いフタをしているために、何も出てこなくなっているから、汚い言葉を使っていいから徹底的に憎しみを出す、ということをいたしました。私が見ないようにしていた業の部分です。

最初はなかなか出てこなかったのですが、佐藤先生の導きにしたがって、抑えていた不満、憎しみ、といったものを出していくことができました。今の表面的な「いい」自分はダメ。腹の奥では不満、憎しみだらけ。

2日目のお昼まで、延々とこういったことをやっていたましたので、非常に苦しかったです。重く、暗い気分に包まれます。自分ではどうにもならなかったです。 佐藤先生のところに通っても、重く、暗い気分は抜けません。むしろ、佐藤先生はこの気分を増幅させるかのように対応されます。

しかし、なぜだか佐藤先生の愛みたいなものを、おぼろげに感じてはおりました。 厳しく対応されるのだけれども、決して私をやっつけようとしたり、感情的なものをぶつけているわけではないのは明らかです。

「佐藤先生の言わんとしていることは何なのか?これがわかりたい!」という気持ちがありましたから、なんとか続けることはできました。 2日目のお昼休み、正直「自分はもう終わりだ」と思いました。

佐藤先生のスタッフでいられなくなることはもちろんのこと、環境が変わっても自分はこのままなのだから、どうにか生きていくことはできるだろうけれども、こんな自分のまま一生、生きることを考えると、何ともいえない気分になりました。

途中で何度かこの講座を止めようと思いましたが、このままだったらまずいから、苦しくてもやりつづけよう、特にこのお昼休みには、もうあと半日なんだから、とにかくもう何でもいいからやりきろう、ダメだったらダメでそのとき考えればいい、と心に決めることができました。

それから、今までこの講座で徹底的に扱ってきたことを、「実は何を教えてくれていたことなのか」ということを明らかにしていく、ということになりました。 これをしていてもやはり自分では上滑りなことしか考え付きませんでした。

しかし、やり続けるしかないので、ひたすら佐藤先生のところに通い続ける中で、佐藤先生の「おまえは、お母さんから生まれたんだよ。お母さんがいなかったらおまえは今いないんだよ。そんな大事な人を恨んで。 放っておいて、他の良い事ばっかり言う人のことばかりを向いて。何を考えているんだ。」という言葉にはっとしました。

母のおなかの中で育まれていたこと、愛の中にいたこと、母と自分との一体感、ひとつの生命の実感、 そういった感覚が私の体にこみ上げてきました。あつーいものがこみ上げてきました。すぐに席に戻って書き(掘り)、はじめてOKがでました。

そして、この感覚のまま、この感動の覚めやらぬまま猛スピードで佐藤先生のところに何度も何度も通い、 何度も何度もOKをいただきました。通うごとに深まっていく感覚です。今までずーっとこの実感を求めていました。やっと掘り当てた!

そしてさらに、この実感を味あわせてくれたのは他ならぬこの母であるということ、母を通してはじめて自分がここに行き着いたことにも気付き、本当に今までのことが申し訳なく、そしてまた、ありがたい、いろいろなものが混ざった、あつーいものが全身に行き渡りました。

本当に凄まじい体験をさせていただきました。さらに、それだけにとどまらず、その母の『満月との対話』もさせていただけました。そして佐藤先生の『満月との対話』。

ただ、ただ、もう涙、涙でした。このスペシャルコースは完璧でした。思えば通常の講座と根底に流れるもの、佐藤先生の言わんとしていることは本質的には全く同じでした。

ただ、それを徹底的に、ぼんくらの私でもわかるように、私専用に佐藤先生があわせてやってくださったのです。

まさに私専用、特別「スペシャルコース」でした。 ゆえに通常の講座、満月メソッドの完璧さもはじめて、本当の意味で見えるようになりました。「満月を開く」ということと「観念でわかったと思っている」こととの違いを、はっきりと思い知らさせていただきました。

本当に崖っぷちから這い上がらせていただけました。土俵際で残らせていただけました。これからがスタートです。皆様、よろしくお願いいたします。