こんにちは。心の学校キャンパススタッフ谷和代です。本日は、真我開発講座の中で、ある受講生の女性がご両親に宛てて書いた『原点の心』をご紹介します。
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原点の心
私は3歳から、父さんに言われて牛乳配達を始めました。父さんは「1本につき1円あげるから」と言ったのに、一度もくれませんでしたね。
姉さんと兄さんは家を出ていき、残った私にだけなぜ牛乳配達をさせたの?
なぜ父さんは、朝から晩までお酒ばかり飲むの?なぜお母さんは、ご飯を作らないで趣味の編み物ばかりしているの?それがお金を生むの?なぜ私だけが、手足がヒョウソウになるまで牛乳配達をしなければいけなかったの?
姉さんたちのように、早くこの家を出たい。美容師になったら住み込みで働けるから、この家を出られる。そう思っていたのに、結局、毎朝住み込み先から家まで通って牛乳配達をさせられた。
それを24歳まで、1日も休まずやらされた。友達とも遊べず、修学旅行にも行ったことがなかったのよ。
私が牛乳配達をやめると言った時、すでに70歳を過ぎていた父さんは「俺がやる」と言って、母さんと牛乳配達を始めてしまったね。
私はそれを見るのが辛かった。でも私も、やめたかった。私は私の人生を見つけたい。これはわがままなのだろうか。
今まで、雨の日も雪の日も牛乳配達をしていたために、学校にはよく遅刻した。先生に叱られて、廊下に立たされても、私は弁解しなかった。
お弁当のおにぎりに巻く海苔がなく、トロロで包んだおにぎりを食べるのが恥ずかしかった。パンを買っていくことが夢だった。1円のお金が欲しかった。私が働けばお金を作ることができる。
そうすれば、両親に牛乳配達をさせなくても済む。私は美容のコンテストで優勝し、お金を作ることができるようになった。ヨーロッパに仕事で行って、半年ほど経った時、父さんが「頼むから家に帰ってきてくれ」と言った。とても寂しい声だった。
私は、その声に負けて日本に帰ってきた。そして、自分の店を出した。私は、自分が「いいお嫁さん」と言われたいがために、父さんの死に目に会いに行かなかったね。骨も拾ってあげられなかったね。
一目会いたがっていた子供にも、会わせてあげられなかった。父さん、ごめんなさい。私は自分のことしか考えていなかった。本当にごめんなさい。
そして、父さんありがとう。母さんと絶対に仲良くします。大切にします。父さん、ありがとう。母さん、心から感謝しています。
今になって、父さんと母さんの心が分かりました。父さんと母さんの心を土台にして、私は立派な人間になります。父さん、母さん、本当にありがとう。
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佐藤康行先生は、人生の正道を洋服のボタンに喩えて伝えられています。洋服を着る時、一番最初のボタンを掛け違えると、最後までずれてしまいます。人生の最初のボタンとは、両親との関係。
両親との関係が不調和だと、徐々に人生の道も不調和の方向に向かってしまう。調和の道に修正するには、両親との関係を修正しなければならないのです。
両親との関係を修正するには、自分の心の中にある過去の両親との関係を修復することです。最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
心の学校キャンパス・スタッフ 谷和代