本当のお父さん

こんにちは、心の学校キャンパススタッフの木下英治です。

今回は、“お父さんの真の姿”を知らずにいた自分の、誤解したまま亡くなったお父さんに対する後悔を、たくさんの涙とともに天国のお父さんへ思いを届け、すべてが大好転した、A.Sさん(女性)の体験談です。

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私の父はとても厳しく、父が口を開く時はいつも怒る時で、家の中は常に緊張した空気が流れていました。父は母を大声で叱責することも多く、父の怒鳴り声を聞く度に、胸が張り裂けそうな悲しみと恐怖に震えていました。

父が仕事から帰宅すると、私は急いで自分の部屋に逃げ込みました。父は誰もいない居間のテレビを見ながら毎晩、晩酌をしながら一人で夕食をとっていました。そんな父が突然、脳出血で他界しました。父との溝が埋まらないままでした。

父の机の引き出しから健康診断の結果がみつかり、父が病気を隠していたことが判明しました。

父の他界をきっかけに母も倒れ、半身不随となりパーキンソン病を発症、兄は双極性障害で入退院を繰り返し、妹は重度の鬱でいつどうなってしまうか分からない状態となりました。

家族が大病になったのは健康管理を怠った父のせいだと、父を責めるしかなく、私自信も自立神経失調症となり、出口の見えない真っ暗闇のトンネルの中にいた時に親友からYSメソッドを紹介してもらいました。

藁をもつかむ思いでメソッドを繰り返し受けていたある日、父がソファで横になっている姿が浮かんできました。父の会社の従業員の方が「最近、社長はとても疲れていて、仕事中に応接室で休むことが多い」と聞いた事を思い出しました。父は仕事を優先せざるおえなく、治療の時間を作ることができなかったのだと、はっとしました。

父は脳死だった為、家族で話し合った結果、延命治療することを決断しました。すると同時に電話が鳴り、「たった今、お父さんが息を引き取りました。」と病院から連絡が入りました。

父は私達の話を聞いていて、家族に迷惑かけまいと、自らの意思で延命治療を拒み、天国に旅立ったのだと分かりました。

葬儀場では、これほど大きな葬儀はみたことがないと言われる程、参列者が後を絶ちませんでした。生前、父はこんなに多くの方々に慕われていたのだと、父の偉大さを知り驚きました。

長い列に並んでくださった参列者の皆様のお顔を思い出した時、父のあの厳しさは、家族、社員、そして参列してくださった多くの仕事関係者を守る為の“父の強さ”であったことに気が付きました。

そして、父は健康診断を受けるよりも前に生命保険に加入していました。健康診断を受けた後では加入できない結果が出ることを予測していたのかもしれません。

父は家族や多くの人を守る為に、体調が悪くても休まず仕事をして自分の命を削り、自分がいなくなった後の準備まで整えていてくれました。

私が部屋に逃げ込まず、帰宅した父と居間で一緒に過ごしていたら、父の病気に気が付いて治療をすすめることができたかもしれなかった。

本当は父を避けたくなかった。

本当は父と一緒にいたかった。

本当は父と話をしたかった。

本当は父が大好きだった。

本当の自分の気持ちに気が付き、父を避けていたことが悔しくて悔しくて、私は子どものようにわんわんと大きな声を出して泣き続けました。

2dayの講座を受講した翌日、「ごめんな。体を大事にしろよ。」という父の声がはっきりと聞こえ、父と距離を作っていた私の懺悔の念を消すかのように、父は私のすぐ近くにいることを教えてくれました。

もしYSメソッドに出会えていなかったら、父との距離は一生埋まることはなく、他の家族もこの世にいなかったかもしれません。母も兄も妹も奇跡のように全員、笑顔を取り戻しました。

メソッドを開発してくださった佐藤先生、途中で何度もくじけそうになった私を励まし続けて下さったスタッフの皆様がいて下さったお蔭で、父、そして家族との時間を取り戻すことができました。本当に有難うございました。

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家族を思う気持ちに溢れるA.Sさんにとって、悲しみと恐怖の対象だったお父さんが、本当は“お父さんの行動のすべてが愛の行動だった”お父さんがどれだけ愛の塊だったのかという“真実の姿”を見ることができたとき、家族、社員、仕事関係者を守るための強さを持ったお父さんの偉大さを知り、それは涙とともに、亡くなったお父さんへと伝わったのです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

心の学校キャンパススタッフ 木下英治