不登校は最高の人生への入り口!

皆さん、こんにちは。「心の学校キャンパス」スタッフの金田美好です。日頃からメルマガをお読みいただき、本当にありがとうございます。

前回は初めて講座を受け、初めて愛を感じた瞬間、本当の自分に出会った時のことを書かせていただきました。今回は翌月の受講の時のことを、書かせていただきます。

当時の私は、父母から暴力を受け愛されなかったトラウマや、両親が妹ばかり可愛がり、私にはめちゃくちゃ厳しかったため、全く親の愛を感じらない状態でした。

このため、先月初めてのセミナーでは、父母で取組めず、母親代わりのように育ててくれた祖母で取り組んだのでした。

そして翌月、YSメソッドのセミナーを受けたのですが、不思議ですが憎み恨んでいた母は「愛を感じる人」の2番目だったので、母で「愛を受けたこと」の思い出しを書くことになりました。

一通り、産んで育ててくれた。ご飯を作ってくれた。習い事をさせてくれた。成人式の着物を買ってくれた。離婚した時は泣いてくれたなど、いくつか書くことができたのを覚えています。

講師の元に「お母さん」で「愛を受けたこと」の思い出しを持っていき、何らかの話をして自分の席に戻った時に、私はふと何十年ぶりに、母の夕飯づくりのある場面を思い出しました。

それは、父の会社の手伝いで母の夕ご飯の支度が遅くなり、母があわてて夕飯のトンカツを揚げていた時のことでした。

お腹がすいていた私は、台所で母がトンカツを揚げるのを見ていました。その時、油がはねて母の手に飛んで、母がやけどをしたのです。

それを近くで見たいた私は、母に思わず「お母さん大丈夫?」と声をかけました。その時、母はやけどをしているのに満面の笑顔で「大丈夫。みんなにアツアツの美味しいトンカツ、食べさせてあげたいからね」と何もなかったかのように言いました。

それは、おそらく私が小学校3年くらいのことです。そんなことは全く忘れていましたので、そんな場面を思い出して本当にびっくりしました。

母はいつも人の話を全く聞かない、自分の話ばかりしかしない自己中心な人間と強く思って嫌っていましたが、むしろ当時の母は父の仕事の手伝いや大家族の世話など、夜中まで働いており、母には自分の時間が殆どなかったことを思い出しました。

そんな母が手にやけどしてまで、家族のみんなに「アツアツの美味しいトンカツを食べさせてあげたい」と言ったその一言と、その時の母の笑顔を思い出して、私の心は全く変わってしまいました。

「お母さん、ごめんなさい」「兄弟げんかでひどくたたかれて恨んできたけれど、お母さんはこんなに自分を犠牲にしてまで、家族の事をずっと愛してくれていたんだね」という思いが私の心の底から沸き上がってきたのです。

講師の方にその話をして、私は泣き崩れました。生れてはじめて母の無償の愛を感じた瞬間でした。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。また、続きを書かせて頂きます。どうぞよろしくお願いいたします。

心の学校キャンパス事務局